金沢市粟崎町にある五郎島八幡神社(ごろうじまはちまんじんじゃ)へ行ってきました~(*’▽’)
五郎島といえば、金沢のブランドさつまいも「五郎島金時」で有名な地域ですね!
今回は神社の境内を散策しながら、さつまいもの里記念碑や秋の植物なども観察してきました。
金沢市粟崎町の五郎島八幡神社を参拝!
五郎島八幡神社は、金沢市粟ケ崎町に鎮座する神社です。
石川県神社庁によると、御祭神は誉田別皇命(ほんだわけのすめらみこと)、気長足姫命(おきながたらしひめのみこと)、比咩大神(ひめおおかみ)の三柱。
由緒によると、江戸時代の延宝8年(1680年)に戸水八幡社の分霊を勧請したと伝えられています。
もともとは五郎島町に鎮座していましたが、金沢港の拡張工事に伴い、昭和50年(1975年)に石川県との協議を経て移転することになりました。
そして昭和51年(1976年)9月10日、現在の粟ケ崎町へ遷座しています。
驚いたのは、神社だけでなく氏子の人々も全員近くへ移転したということ!( ゚Д゚)
金沢港の拡張によって、神社だけでなく地域の暮らしそのものが大きく変わったんですね。
ちなみに現在の宮司は、以前訪れた東蚊爪町の須岐神社の宮司さんが兼務されているそうです。
こちらの神社も地域の人々に親しまれている神社のようで、隣には幼稚園があり、境内と敷地がつながっていました。
訪れたときには子供たちが遊んでいて、なんだか賑やかでした( *´艸`)

こちらが神社の入り口です。
鳥居の横には「村社 八幡神社」と刻まれた立派な社号標が立っています。
村社というのは、かつて存在した神社の社格制度で、地域の村を代表するような神社に与えられた区分です。
それにしても、村社と書いてあるわりにかなり立派な神社ですね( ゚Д゚)
大きな社殿と石段を見てきました

鳥居をくぐると、正面には長い石段と大きな社殿が見えます。
階段の中央には手すりが設置されていて、左右には狛犬や石灯籠が並んでいます。
階段脇には「世界人類が平和でありますように」と書かれた白い柱も立っていました。
こういう平和を願う言葉が神社にあるのもいいですね(*´ω`*)

拝殿はガラスサッシで覆われています。
日本海に近い地域なので、潮風や雨風から建物を守るためでしょうか。
ガラス越しには木造の社殿が見えていて、屋根も大きく、かなり豪華な印象です!
近くで見ると想像以上に大きいですね( ゚Д゚)
境内にはブランコや鉄棒も!子供たちの遊び場になっている

境内の一角にはブランコや鉄棒が設置されていました。
神社というと参拝する場所という印象が強いですが、こうして子供たちが遊べる広場になっているのもいいですね。
周囲には大きな木々が植えられていて、木陰もたくさんあります。
隣の幼稚園とあわせて、地域の子供たちにとって身近な場所になっているのかもしれません(*’▽’)
五郎島金時の歴史を伝える「さつまいもの里」記念碑

境内で特に気になったのが、こちらの大きな記念碑です。
石には「さつまいもの里」と刻まれていて、立派なしめ縄も巻かれています。
隣には「記念碑建立の由来」と書かれた説明板が設置されていました。

説明板によると、この地域では昔からさつまいも栽培が行われてきたそうです。
もともと砂丘地だった土地を開墾し、栽培方法を工夫しながら農業を発展させてきた先人たち。
記念碑は、そうした人々の努力に感謝し、その功績を後世に伝えるために建てられたものなんですね。
現在では全国的にも知られる五郎島金時ですが、そこに至るまでには長い歴史があったようです。
ちなみに、記念碑が建立されたのは昭和62年(1987年)とのこと。
神社の境内にこうした地域農業の記念碑があるのは、五郎島らしくて面白いですね(*’▽’)
神社周辺の木々も秋色に!紅葉を観察


さて、ここからは自然観察です!
境内や周辺に植えられている木々は、かなり秋らしい色合いになっていました。
黄色く色づいている木もあれば、茶色っぽくなっている木もあります。
空は真っ青で、秋の紅葉との組み合わせがきれいですね~(*’▽’)
10月も終わりに近づき、少しずつ冬が近づいているのを感じます。
大きな黄色い実を発見!カリンの木

特に気になったのがこちら。
木の枝に何やら黄色い実がついていますよね。
サイズは大きめのリンゴくらいでしょうか。

こちらはカリンです!
カリンはバラ科の落葉樹で、秋になると黄色い大きな果実をつけます。
実はとても硬く、渋みも強いため、そのまま生で食べるのには向いていません。
ただし、砂糖漬けやシロップ、ジャムなどに加工して利用されることがあります。
ちなみにリンゴやナシもバラ科の植物なので、実はカリンとは親戚のようなものなんです(*’▽’)

ちなみに葉はこんな感じ。
やや硬そうな楕円形の葉で、縁には細かいギザギザがあります。
果実だけでなく葉も観察してみると、植物の特徴がよく分かりますね(*’▽’)
真っ赤な実がびっしり!ピラカンサも発見

もう一つ特徴的だったのが、こちらの真っ赤な実です!
これはピラカンサですね。
ピラカンサもバラ科の植物で、秋から冬にかけて赤色やオレンジ色の小さな実をたくさんつけます。
庭木や生け垣として植えられることも多く、この時期になるとあちこちで見かけます(*’▽’)
それにしても、ものすごい実の数ですねw
ピラカンサの実は野鳥に食べられることもありますが、人が食用にする果実ではありません。
枝には鋭いトゲがあるので、近くで観察するときは注意が必要です。
神社の裏には広大な畑!五郎島の農業は今も続いている
神社の散策はこれくらいでしょうか。
実はここ、五郎島ということで、神社の少し裏側には広大な畑が広がっていました。
写真を撮るのを忘れてしまったのですが……_(:3 」∠)_
周辺には「関係者以外立ち入り禁止」の看板があちこちに設置されていたため、畑の中には入れませんでした。
それでも遠くでは収穫作業をしている様子が見えました。
昔の人々が苦労して開墾し、農業を発展させてきた土地で、今もこうして作物が育てられているんですね。
そして収穫されたさつまいもが、僕たちの食卓にまで届いている。
改めてそう考えると、なんだか感慨深いものがあります(*´ω`*)
農業をはじめとする第一次産業では、担い手不足や高齢化など、さまざまな課題もあります。
地域の歴史とともに受け継がれてきた五郎島の農業が、これからも長く続いていってほしいですね。
おまけ:五郎島金時の歴史!江戸時代から続くさつまいも栽培
金沢の代表的な加賀野菜の一つである五郎島金時。
その歴史は、なんと江戸時代までさかのぼります!
始まりは約300年前!薩摩から持ち帰った種芋
金沢市農産物ブランド協会によると、五郎島周辺でのさつまいも栽培は、1700年頃に始まったと伝えられています。
当時、五郎島村の肝煎(村の代表者)だった太郎右衛門という人物が、薩摩の国(現在の鹿児島県)から種芋を持ち帰り、栽培方法を広めたそうです。
海岸に近い五郎島周辺は砂丘地で、農業を行うには苦労も多かった土地でした。
しかし、さつまいもは比較的やせた土地でも栽培でき、水はけのよい砂地との相性もよかったのです。
こうして、五郎島のさつまいも栽培が少しずつ広がっていきました。
明治から昭和にかけて産地が発展
明治時代には砂丘地の開墾が進み、さつまいもの栽培面積が拡大していきました。
昭和に入ると県外への出荷も盛んになり、京都や大阪などにも五郎島のさつまいもが届けられるようになります。
さらに昭和35年頃からは、畑に水を供給するための施設整備が進み、生産量が増加しました。
昭和52年には、収穫後のさつまいもを適切な温度や湿度で処理するキュアリング貯蔵法も導入されました。
これによって腐敗を減らし、長期間の出荷が可能になったそうです。
「五郎島金時」という名前が付いたのは昭和59年
実は「五郎島金時」という名前が付けられたのは、昭和59年(1984年)のこと。
さつまいも栽培そのものには300年以上の歴史がありますが、ブランド名としては比較的新しいんですね。
その後、平成11年(1999年)には「五郎島金時」が商標登録されました。
現在では、加賀野菜を代表するさつまいもとして広く知られています。
五郎島金時はホクホクした食感が特徴!
五郎島金時の大きな特徴は、粉質でホクホクした食感です。
金沢では、この食感を「こっぼこぼ」と表現することもあります。
甘みがありながらも、近年人気のねっとり系さつまいもとは違ったおいしさが楽しめます。
焼き芋はもちろん、天ぷらや煮物、お菓子作りにも使われていますね。
今回訪れた五郎島八幡神社には、そんなさつまいもの歴史を伝える記念碑が残されていました。
普段何気なく食べている五郎島金時ですが、その背景を知ると、また違った気持ちで味わえそうです(*´ω`*)
参考資料:
金沢市農産物ブランド協会「さつまいも」
金沢市「金沢産農産物・さつまいも」
国立国会図書館 レファレンス協同データベース「五郎島金時は、いつ誰によってはじめられたか?」
こんな記事も上げてるよ~
- 金沢市東蚊爪町の須岐神社へ! – 秋祭りで御朱印と玉串奉奠を体験
- 金沢市千田町の八坂神社・木船神社を散策! – 田んぼに残る「天狗の森」で自然観察
- 金沢市蚊爪町の野蚊神社を散策! -須岐神社との関係と境内を自然観察
- 五郎島金時で大学芋作り! – 二度揚げとレンチン後揚げで食感を比較してみた
- 五郎島金時1本でサツマイモのポテトサラダ! – 余ったらコロッケにリメイク



コメント